幕末の人
天狗党をご存知だろうか?
多くの人が政府の容赦ない、あの処刑を思い出して、暗い気持ちになると思う。
または天狗党と長州が連携すれば・・・っ、と悔しく思う人もいるかもしれない。
今回は、その天狗党ではなく、その前の天狗党に属していた人の話になる。
そう、芹沢鴨だ。
どうもこの時期、一部で名前に動物を入れるのがはやっていたらしい。
鴨という名は、本人が変名した名である。
芹沢と聞くと酒におぼれる、暴漢のイメージを持つ人もいるかもしれない。
だが八木邸の子供に手習いを教えるなど、存外面倒見のいいところもある。
また酒に覚えるのには諸説理由があり、人間の複雑な面を匂わせている。
体格に恵まれ
力もあり
水戸藩士という身分を持ち
剣の腕も立つ
政治思想もあり
自分を慕う子分もいる
芹沢はそういう男だった。
昔かたぎで好まれた豪放磊落の典例かもしれない。
また壬生浪士組結成にいたってては彼の出自である水戸から会津に口を聞いてもらった、という説もあり、彼の発言力を考えると妥当といえる線なのかもしれない。
だが、彼は粛清された。
酒におぼれ、乱暴だった、というのが理由だそうだ。
詳しい事実は闇に消えているが、私は芹沢を悪の権化・近藤正当を唱えるつもりはないのですまない。
芹沢は才能ある若者を大切にしたともいわれている。
一番目にかけられたのは沖田という説と永倉という説がある。
この二人はどっちが剣術に優れているか、と議論になることもある人物であるため、なるほど、と感嘆するにとどめよう。
また永倉と芹沢一派は同神道無念流の使い手でもある。
この時代同門のよしみというのは剣客の間で深く、そういう点を考えれば芹沢が目をかけたのは永倉のほうになるかも知れない。
2008年10月 3日|
カテゴリー:お取り寄せブログ




