相模の獅子
小田原北条家三代目当主・北条氏康。
武田信玄、上杉謙信に一歩も引くことなく、後北条家の反映を築いた。
小田原といえば篭城戦が有名であるが、彼は向こう傷を顔に二つもつけており、敵に背を向けず果敢に挑む猛将の一面もあった。
その反面戦国類を見ない治世を築く。まさに相模の獅子というにふさわしい人物である。
が。
昔、まだ氏康が12歳のころの話。
鉄砲といえば種子島! むしろ種子島が鉄砲!!
というくらいなのですが、実は一足先に中国製の鉄砲が渡来していました。(実用性ないから普及しなかったけど)
その中国製の鉄砲。
とにかく音がでかい。爆音が特徴なのである。
初めて鉄砲を目にし、その爆音を聞いた12歳の氏康はビビッた。
腰を抜かした。
震えた。
なんといって12歳。戦国有数の治世を誇る北条の世継ぎ。
そんな爆音に免疫など無い。
しかし、その後の家臣の反応はそんなことを慮っていなかった。
12歳とはいえ次期北条の世継ぎたる氏康がビビッたことに、家臣たちは笑ってしまう。
名誉を重んじる武士。
ましてや将来自分が従えるべき家臣にそんな嘲笑をうけて、顔を真っ赤にしない武士などいるはずない。
だから氏康は行動に出た。
切腹という、行動に。
周りは血相をかえ、割腹しようとする氏康をとめた。
それはもう必死にとめた。だって次期当主に夭折されては、北条の反映が露に消える。
結局、氏康は切腹をとどまり、家臣らに胆の据わったところを見せたのであった。
何度もいうが12歳。現代に換算すると小学校四年生くらいの男の子が、である。
2008年10月14日|
カテゴリー:お取り寄せブログ




